東京地方裁判所 昭和33年(ワ)476号 判決 1959年5月12日
原告 勝又岩男
原告 長尾高義
右両名代理人弁護士 大久保
紅露昭
被告 片倉チツカリン株式会社
右代表者 鷲見保佑
右代理人弁護士 菅野次郎
主文
被告は原告勝又に対し金九〇万円及びこれに対する昭和三二年四月九日から支払済まで年六分の割合による金員、原告長尾に対し金九〇万円及びこれに対する昭和三二年八月一日から支払済まで年六分の割合により金員を夫々支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は原告両名が各金三〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
一、日本チツカリンが大泉興業に宛て、原告等が主張する約束手形二通(但しいずれも振出日及び満期日の点を除く。)を振出したことは当事者間に争がない。
甲第一、二号証の各一、のうち成立に争のない部分、証人小池広光、穴沢剛の各証言、原告勝又本人尋問の結果及び、右各証言により真正に成立したと認める乙第一号証の一、二、第二、三号証の各一乃至三、第四号証の一乃至四を綜合すると、
(一) 日本チツカリンは昭和二六年六月頃から金融逼迫のため大栄興業との間に相互に約束手形(融通手形)を振出してこれを交換し、日本チツカリンにあつては大栄興業振出にかかる手形の割引をうけて金融をえ、その満期日までに手形金を大東興業に交付してこれを決済させていたこと。
(二) 同年一一月中旬頃日本チツカリンは大東興業から額面各金九〇万円、満期同年一二月二七日及び同年一二月三〇日の約束手形(融手形)二通の振出をうけると共に、その見返りとして原告が主張する本件第一、第二の約束手形各一通を、いずれも振出日及び満期日を白地のまま大栄興業に宛て振出したこと。
(三) 日本チツカリンは大栄興業に本件手形の白地部分を補充して手形を行使する権限を付与していたこと。(この点に関する証人穴沢剛の証言部分は信用しない。)
(四) 日本チカリンは同年一二月五日大栄興業から取得した前記手形につき、これが割引をうけて金融をえ、同月二五日及び同月二六日に大栄興業に対し右手形金合計一八〇万円を支払つて決済させたが、本件手形二通の返還をうけることなく放置しておいたこと。
(五) 原告勝又は昭和三一年暮頃大栄興業の社員訴外大磯次郎から白地補充権あるものと信じて、いずれも白地式裏書によつて本件手形二通の譲渡をうけ、更に同原告は第二の手形を原告長尾に白地式裏書によつて譲渡し、原告勝又は第一の手形につき振出日昭和三二年二月五日、満期同年四月八日、原告長尾は第二の手形につき振出日昭和三二年二月五日、満期同年七月三一日とそれぞれ白地部分を補充し、各取立委任のため第一銀行に裏書したがいずれもその支払を拒絶され、原告等は各右手形の返還をうけてこれを所持すること。
をそれぞれ認めることができる。
二、そこで被告の抗弁について判断する。被告は手形の白地補充権は手形と共に移転する手形上の権利ではない、と主張するが、凡そ白地補充権は手形と共に輾転し、手形取得者は、その白地部分を補充して手形を行使する権限をも取得するものと解すべきであるから、本件にあつても大栄興業に白地補充権が存するかぎり、原告等は手形と共に白地補充権をも取得すべき道理である。ところが前記認定事実によれば、大栄興業は自己の振出にかかる手形の決済がえられたとき、その見返りとして振出された本件手形を日本チツカリンに返還すべきであつたに拘らず、これを返還することなく保存し、四年有余を経て原告勝又に譲渡したというのであるから、右譲渡当時大栄興業の本件手形の白地補充権は既に消滅していたというべきである。
然しながら手形法第一〇条は、補充権者がその権利の範囲を超えて補充した場合にも、所持人が善意且重大な過失なくかかる不当補充のある手形を取得したのであれば、白地手形行為者はこれに対し、この濫用を以て対抗することは許されない旨を規定し、この法理は、補充権消滅後に補充がなされた場合、更に重大な過失なくして一定範囲の補充権あるものと信じて白地手形を取得した所持人が自ら補充をした場合にも適用をうけるものと解するのが相当であるから、振出人たる日本チツカリンにあつては、本件のように補充権消滅後の補充をもつて所持人たる原告等に対抗することはできない。
よつて被告の抗弁は理由なく、排斥を免れない。
三、日本チツカリンが昭和三二年一一月二八日被告会社と合併して解散し、同日被告会社は日本チツカリンの権利義務一切を承継したことは、当事者に争がない。
四、そうすると被告は原告勝又に対し第一の手形金、原告長尾に対し第二の手形金及び各額面金に対する満期日の翌日から支払済まで手形法所定の年六分の割合による遅延利息の支払義務あるものというべく、原告両名の本訴請求はいずれも理由があるので認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 斉藤次郎)